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可愛いフォントの終着駅 京福電鉄北野白梅町駅
ぷにょさんところで知った「地上の終着駅」という言葉に感化されてみましたw

今出川通りと西大路通りの交差点、今出川通りの真ん中に立ちはだかるようなこの駅が、京福電鉄北野線の北野白梅町駅です。
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駅舎というか、ホームを囲っただけみたいな簡素な建物。サイドの窓もかなりボロボロ。

京福電鉄の北野線と嵐山線は、帷子ノ辻(かたびらのつじ)駅を中心にしたYの字に、嵐山、四条大宮、北野白梅町の3駅がターミナルになっています。嵐山駅や四条大宮駅はビル化されていますが、ここだけが地上の終着駅と呼ぶにふさわしい味わいを残しています。
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個人的に、この駅の何が好きかというと、駅舎の側面に入っているこちらの味のあるサイン。周辺に高いビルがなかったころは、遠くからでもこれが見えたものです。平仮名しか読めない子供のころ「さがの、おむろは今日も雪なんだ…」と真剣に思っていたのはナイショですが。
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京福電鉄のサイトでこの駅の歴史を調べると、昭和33年(1958年)に路線が短縮されて、この駅は「白梅町」から、終着駅「北野白梅町」になったということ。この可愛げのある文字にはその時代の香りがしませんか?
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もちろん、外装なんかはメンテナンスされて変化しているのかもしれませんが、この駅のベースは昭和33年当時からそんなに変わっていないような気がします。
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■京福電鉄 北野白梅町駅
■1958年築?
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by radionova2 | 2007-03-05 21:38 | 公共行政
50年代モータリゼーション風味 ヤサカ自動車本社
50年代モータリゼーション風味が感じられる建物として、前回のエントリで壬生車庫を紹介しました。このヤサカ自動車本社も、少し時代は後になりますがその時代の雰囲気が残る建物です。
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定礎には昭和34年(1959年)5月とあります。この年か翌年には竣工なんでしょう。窓やディテールをよく見ると、古い時代の味わいが残っていて個人的にかなり好きな建物です。
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この、道路に面した窓のアールなんかが、50年代モータリゼーション風味ですね。
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この手の味わいが残る建物としては相互タクシーの乗り場がありますね。昔は京都にもあったのですが、今は関西で、ここ北新地をはじめ数箇所しか現存していないと思います。
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この相互タクシーの建物については、神戸大学の梅宮弘光先生による調査内容が、1999年の日本建築学会大会学術講演梗概集に収められています。

■下京区 ヤサカ自動車本社
■1959年定礎
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by radionova2 | 2007-01-08 23:33 | 企業
モダン庁舎の終焉 壬生車庫
四条大宮から斜めに伸びる後院通りを北上したところの京都市交通局壬生車庫。ここは1912年(明治45年)京都市電が開通した当時に電車の操車場として開設された、京都の都市交通発祥の地といえる場所です。

現在の庁舎は1956年(昭和31年)11月の竣工。老朽化のために来年度の移転が決まっています。この土地の一部は京都府に譲渡され、新しい警察署の建築用地となるそうです。

この交通局の庁舎、相当古びてはいますが、50年代らしくちょっとポップで立体的な、モダンさにあふれた建築群なんです。
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アールのついたガラス出窓がアクセントになっている低層の車庫部分、こういう曲線のデザインは、昔のタクシー会社やガソリンスタンドなどにも見られる50年代モータリゼーション風味ですね。
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コンクリートの庇が軽やかなファサード部分は、窓口や建物への入り口が並びます。
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大小の箱が重なった形の建物の奥には、一本の大木がすっくと立つ小さな中庭を囲むように、斜めに濃い色の壁面の棟が続きます。
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このガラスの壁面や屋上のバルコニーもとても美しいデザイン。
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こんな個性的な50年代のモダニズム建築がなくなるのは非常に惜しいです。
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■中京区 京都市交通局 壬生車庫
■1956年(昭和31年)11月竣工
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by radionova2 | 2006-12-27 00:30 | 公共行政
丸物懐古展で見つけたモダニズム 東京丸物
来年2月に86年という長い歴史を閉じることになっている京都近鉄百貨店。個人的には、前身の丸物に子供時代の思い出が残る店です。『丸物懐古展』と題した、この店の歴史を振り返るミニ展示も2回目。今回はお客さんや元社員が思い出の品や写真を提供したり、京都店以外の丸物についての展示などもされていました。

本家の京都店を差し置いて私が見入ってしまったのは、池袋の東京丸物について紹介した古い印刷物のパネルです。係りの人に「この展示の写真撮ってもいいですか」と聞くと「どうぞどうぞ、どれでも撮ってください!」ということだったので遠慮なく写してきました。

昭和32年、1957年竣工の東京丸物(池袋ステーションビル)。現在の池袋パルコです。この北壁面のモザイクタイルの壁画!この時代ですね。写真のキャプションに村野藤吾設計とあります。当時の様子が伺える貴重な画像ではないでしょうか。
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言っちゃ悪いですが、こっちのWikipediaにあがっている今の写真(現状2006年5月)より、当時のもののほうがよっぽどイケてるモダニズム建築ではありませんか。
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この階段(夢の階段・ドリームステップ!)なんかもちょっと雰囲気はありますね。いずれにしても、東京丸物はたった10年でパルコになってしまうのですが、これらのデザインがそんなにあっという間に消えてしまったとしたら勿体無さすぎますね。
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■池袋 東京丸物
■1957年竣工 地下3階、地上8階、塔屋3階、鉄筋コンクリート造
■設計 村野藤吾 施工 大林組(建築工事の写真によると)
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by radionova2 | 2006-12-03 00:26 | 店舗
復興モダニズム公営住宅商店街 堀川商店街
堀川丸太町の西側をもう少し北へ行くと、下立売あたりから下長者町にかけて古びたアーケードの商店街になっています。これが堀川商店街。昔ながらの味のあるお店が並んでいて個人的には好きな場所です。
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実はここ、堀川通り沿いに4棟並んだ3階建ての公営住宅の1階部分が商店街となっているのです。竣工は1951年(昭和26年)。京都の戦後復興の象徴ともいえるこの商店街は、全国ではじめての店舗付き公営鉄筋住宅なのだそうです(商店街の旧サイトによる)。
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いまとなっては、外見はかなりくたびれていますが、縦長の窓が並んだ階段部分が屋上に張り出して、低層で横に長い建物のアクセントになっています。ベランダもリズミカルに配されていて、無味乾燥な公営住宅とは一線を画したモダンな構成美が感じられませんか。
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戦後まもなくたち現れた、巨大なモダン・ショッピング街。当時の人々にとってどんなにか鮮烈な印象だったでしょう。市街地で真っ先にこれだけの開発を推し進めたわけには、この堀川通りの激動の歴史があったようです。
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詳細はこちらの上京区役所のサイトをご覧いただくとして、このあたり、16世紀頃には京都最大の生鮮市場があり、大正時代には300店以上の店が立ち並ぶアーケードの「堀川京極」という大商店街だったといいます。

それが、第二次大戦末期の1945年(昭和20年)に、空爆による延焼を防止するため堀川通りを拡幅して防火帯とする計画により、わずか5日の期限で強制疎開させられ、この上京で最も歴史ある繁華街はすべて消え去ってしまったということなのです。ある意味戦争による被災ですね。
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今ではすっかりレトロなこの建築群、比較的高い建物が多い堀川通りにあって、ご覧のようにここだけスコーンと空が広くなっています。かなり貴重な戦後建築だと思うのですが、老朽化も進んでいそうなので、いつまでこの姿が見られるかとも考えてしまいます。

■堀川商店街(京都府営下立売団地)
■鉄筋コンリート造 3階建
■1951年

*参考サイト
上京区役所 上京区の歴史:待賢学区 
堀川商店街 倉日用品店:堀川商店街の歴史
堀川商店街

堀川商店街の以前のサイトには商店街の歴史にまつわる話があったのですが、リニューアルされたサイトにはそういうのがありません。ザンネン。
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by radionova2 | 2006-11-19 23:20 | 店舗